寒天好き

寒天を愛でよう。 古い日記を掘り起こせ。

悲しいことや苦しいことが、なくなったわけじゃない。 

すべてが現在進行形。 


でも、ようやく現実感がもどってきた。 

足の親指の先っちょが、地面についた感じ。 




哀しみは、もぐら叩きゲームのもぐらに似ている。 

もぐら叩きゲームは、好きだった。 


ピョコピョコと顔をだすもぐらを、赤くて柔らかいクッションのついたハンマーで叩いていく。 

ぽこ、ぽこ、ぽこ、と。 


哀しみのもぐらも、日々のなかでピョコピョコと顔を出す。 

意外なとこから出てくることが多い。 

楽勝で打てるやつもいれば、 
「もはや土竜(もぐら)ではなく、おまえは本物の竜並み!」 
とハンマー捨てて逃げ出したくなる強敵もぐらもいる。 


でも、ちょっと考え方を変えてみよう。 


自分が、もぐらだったら、どうだろう。 


自分が哀しみのもぐらだったら、 

相手の生活(職場や家庭や、恋愛などあらゆるところでもぐらは出てくる)の中で 

顔を出し、 

「こいつっ」 
なんつって頭を叩かれる。 

ぽこん。 


頭を叩かれ、薄れゆく意識のなかで 

もぐらの私は思うだろ。 




「あいたっ。 

打ったね。 

よく打ったね。 

キミは僕のこと、嫌いだろ。 

知ってるよ。 

僕は哀しみもぐらだからね。 

キミに、ショックや苦しみを与えるのが、僕の仕事。 

だから、嫌ってもいいよ。 
嫌って殴って、忘れていいよ。 

そのことで、キミは強くなる。 

キミの人生は、広がるよ。 

好かれなくて、いいんだ。 

好かれないまま、キミの役に立てるなら、それが一番いいんだよ。 

だって、それがもぐらの仕事。 

だって、それがもぐらの仕事。」 





でも、本当は、わたしたち人間は、知ってる。 


人生のたいていのことは、哀しみのもぐらから教わることを。 


叩いたあと知るんだ。 

喜びや優しさや共感を、もぐらが教えてくれたあと。 

本当は、ありがとうって思っているよ。 


もぐらよ、もぐら。 
哀しみを、ありがとう。 

少しは大人になれました。 



お盆には、もぐらの弔いをしよう。 

嫌われもののもぐらたち。 

わたしたちの良き先生。 


生まれ変わったら、また会おう。 



今度はもぐらじゃなくても、いいね。 


花や風や果実など、愛されやすいものならいいね。 


花になったら水をやり、 

風になったら旗をたて、 

果実になったら頂くよ。 



もぐらの私は、 

死にながら思う。 



果実も、いいな、と。 

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